これまでの歩み

2002年
平滑筋肉腫患者、大西カジャが、肉腫治療法の英文の研究論文を見つけました。それが、大阪府立成人病センター研究所病態生理学部門の高橋克仁先生と山村倫子先生の研究グループでした。
その後、主治医のいた病院以外にも、彼女を中心に、再発転移した部位の治療によって、岡山大学病院、関東中央病院と自然に医療連携ができあがりました。

2005年
当時、その研究グループには資金が少なく、研究はあまり前に進んでいないように思われました。そこで私たちで何かできないかと考え、単なる患者会ではなく、先生たちの研究だけを支援する会を作ろうということで、2005年7月に肉腫の標的遺伝子療法を推進する会「キュアサルコーマ」を立ち上げました。肉腫患者2人とその友人の計3人でスタートし、早速ホームページを立ち上げ、肉腫および肉腫研究の情報を提供しました。設立当初の目的は、その研究グループにどうしたら資金を入れることができるかでした。当時、自転車のロードレースであるツール・ド・フランスで優勝した、アメリカ人がん患者、ランス・アームストロングによるイエローのリストバンド募金が、流行り始めたばかりだったので、早速オリジナルのリストバンドを作成し、キュアバンドと名付け販売しました。1年くらいで900万円をため、全額SMTRC(肉腫中皮腫先端治療研究センター)に寄付いたしました。
また、厚生労働省からの助成金を獲得するために、3か月足らずで10万人以上から、肉腫治療の要望書に賛同していただく署名を集め、当時の厚生労働大臣に直接手渡しました。その結果、高度先端医療の助成金を得ることができました。
さらに、肉腫型中皮腫にも同様の効果があるということがわかり、SMTRCは企業からの援助も受けることになり、これで当初の目的であった資金部分の目途がついたため、活動を休止し、ホームページ上のブログのみ更新していましたが、キュアサルコーマを立ち上げた2人の肉腫患者は、2006年、2009年に相次いで亡くなりました。

2007年
高橋克仁先生たちのグループは、7月以降毎年、患者家族向けにサルコーマセミナーを開催しました。
 2007年 岐阜、2008年 京都、 2009年 東京、2010年 大阪、東京
 2011年 京都、2012年 大阪、2013年 大阪、2014年 東京、2015年 東京

2009年
11月、高橋克仁先生は、肉腫の共同治療連携を目的に、一般社団法人キュアサルコーマセンターを設立し、SMTRC(肉腫中皮腫研究グループ)、キュアサルコーマボード(肉腫治療の専門家グループ)とともに、肉腫患者会であるキュアサルコーマも3つの柱の一つとして加わることになりました。
つくばでのリレーフォーライフのイベントに初めて、Sarcomasとして参加しました。

2010年
4月、平滑筋肉腫患者、川上裕義によって、肉腫患者・家族のためのコミュニケーションツールとして、Sarcoma.net (S-net)がスタートしました。

2011年
財団法人結核予防会新山手病院(東京都東村山市)に肉腫胸部腹部外科治療センター設立準備委員会が発足し、患者会代表もその委員になり、治療、施設、設備に対する患者の要望をまとめ、病院に提出しました。さらに、日本整形外科学会で、患者会・キュアサルコーマの活動報告をしました。

2012年
血管新生阻害の新規分子標的薬パゾパニブ(ヴォトリエント)(グラクソスミスクライン社)が、11月23日より保険診療で処方可能になりました。適応は「悪性軟部腫瘍」で実質的にほとんどの肉腫で使用可能になりました。

2013年
4月、高橋克仁先生たちのグループの肉腫治療、研究の支援だけでなく、広く肉腫患者のための団体に発展させるために、一般社団法人キュアサルコーマセンターから、肉腫患者会であるキュアサルコーマを独立させました。

2014年
3月、東京で開催されたキュアサルコーマセンター主催の肉腫の公開シンポジウムを患者会キュアサルコーマが支援しました。
5月28日、東京都から特定非営利活動法人(NPO法人)の設立が認証されました。
8月、第52回日本癌治療学会学術集会(横浜)に1名参加しました。
12月、ハワイで開催された「肉腫の研究と治療に対する日米国際ワークショップ」に会員5名が参加しました。

2015年
3月、東京・飯田橋で第1回通常総会および交流会を開催しました。
5月、日本癌治療学会からPALプログラムのスカラシップを得て、アメリカ・シカゴでのASCO(米国臨床腫瘍学会)に1名参加しました。
12月、京都で開催された日本肉腫学会記念シンポジウムに後援し、参加しました。